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| スタッフメモ 身意動放編 |
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今回もとても興味深く稽古させて頂いた。
いつものように摺り足から始まった。丹田に気を落とし膝を軽く曲げ、水面上を歩くように滞りなくサーッと歩く。
私はまだ丹田に気が全部落ちきらず上半身がまだまだ硬い。先生の摺り足は仙人のような本当に水の上を歩いているような柔らかく、すっとした姿だ。
まだ全員力が抜け切らないということで、突然「印を組む」稽古が始まった。昔教えていただいた事があったのだが忘れてしまっていて皆と試行錯誤して印を組む稽古を行った。皆んな指が硬く初めはどうなっているのかわからず大変だったがだんだんと慣れてきてスムーズに組めるようになっていた。考えず手が覚えていた。この「印を組む」という行為は胸と背骨が正され頭がすっきりとする。
この後また摺り足を行った。すると先ほど初めに行った摺り足とはまったく別の体のように足運びができていた。全身は軽く一歩一歩足を出すときの体の安定感、これには驚いた。“真の摺り足”とはこのことだったのか!と自分で自分の体に驚いてしまった。
そして杖の動き。巴や風輪を行ったのだがいつもとは違い、身体の余分な力が抜けて解放感があった。身体が解放されると何ともいえない心の爽快感が生まれる。
次に柔らかな動きで二人で組んでの“解放”“心静”。皆の前で先生が解放のお手本を見せて下さったのだが、相手の人に向かって解放を始め、手を広げ始めたその時大きな光がパーッと現れたように見えた。一瞬のうちに部屋全体が明るく照らされ空間が変わった。これほどの変化を身体で感じたことがなかったので、びっくりして身体がのけぞってしまった。先生の動きは凄すぎる!と実感した瞬間だった。
毎回稽古で新しい驚きがあり学ぶことがいっぱいです。身体と心を磨き前へ進んでいきたいです。 |
3月3日 大森 |
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稽古の始めに先生のお山での修行中のお話を伺った。
そのお話の中で「腹ができて悟りきった人は感動することや泣いたりすることがなくなってしまう」ということを聞いた。私は気が落ちている人にすごく憧れていたのだが、落ち着きすぎているのもよくないのだと気付かされた。
泣いたり笑ったり感情の豊かなことは必要。自分以外の人に優しく接することや共感できること。人を思うこと、相手を思うことによって「人」としての輪ができ、まるく暖かな世界が生まれる気がする。
杖の稽古では腰の周りで動かす動きを行った。これは摺り足と姿勢が大事。手の動
きも正確に動かす。この動きは体も頭も正される。次に手を上げること。ただ手を上に上げるのではなく脇を伸ばすように動かす。
これを行うと頭の中がすっきりして意識が鮮明になる。
今回身意動放の稽古を一ヶ月ぶりに参加させて頂いたが、ここでの稽古の大切さを実感した。武術と身意動放の両方を行うことによって、柔らかさと強さ、厳しさと優しさを学び体と心が鍛えられる。
できるかぎり稽古に参加し修行していきたいと思います。 |
1月20日 大森 |
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今回の稽古は凄まじかった。内容が日に日に濃くなってくる。
まず始めに体を整える動きを行う。正しい姿勢で「摺り足」。膝を軽く曲げ深沈。上半身が前に行かないように真っ直ぐにする。
手は軽く脚の付け根あたりに付ける。目線は前に。
そして杖を使って「車返し」「横車」を行う。ゆっくりと丁寧に行うことによって体が正されていく。
次に「天意吸」「天輪」。動きをゆったりと大切に行い、呼吸もゆっくりとする。
ここまでの動きを行って体を正す。
次は二人で行う稽古。正座をして一人が背中を向けて座り、もう一人は間隔を少し空けて相手の背中を向いて座る。
目を閉じてただ座っている。このときなにもしない。ただ前にいる人を感じて座っているだけ。
私はこれを受けていたとき小さい頃(3,4歳頃)とても楽しかった頃の感覚、情景が思い出され、何とも言えない懐かしさと無邪気だったあの頃の感覚がよみがえった。(にこにこ笑っている顔)
そして今回の先生の動きは凄かった。まず「天意吸」。天から何かが降ってきそうな、光がサァ−ッと見えるようだった。
あのときの先生は天とつながっていた。空に吸いこまれそうだった。
そして「天輪」。先生の天輪は大きく地球全体、宇宙全体を包み込んでしまうような動き。先生という存在が消えて空間の中に溶けてそこにいるすべての人たちを包んでしまう。
次に「解放」の動き。先生の解放を受けたとき、自分の体を通す光のような、風のようなものがゴォーッとうちよせてきて自分の悪いものをザァーッと洗い流される感覚になった。
そして全員で「解放」。今回は4人対1人で行った。みんな安座で座り一人の人のほうを囲むように半円形に座る。
4人が一斉に解放の動き。このときただ無心に行う。これを受けているとき、その迫力はすごかった。
みんなの解放が始まり手をだんだんと広げていくとき私はなにも考えることなくすごい勢いで息を吐いていた。
「ハーッ」息が続くかぎり体中の毒素を出していった気がする。このあと体がすっきりとして爽快になった。今回の稽古ではまず体を整えることから始めたので、その後の動きがみんな冴えていたように感じる。体と感覚と思いは密接に関係しているのだな−っと痛感した稽古だった。 |
11月25日 大森 |
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今日の身意動放はとても内容の濃い稽古でした。
まず稽古の初めに正座をして目を閉じて呼吸を落ち着ける。吸うよりも吐くことに集中していると自然に上がっていた気がス−ッと下がり落ち着いてくる。
そしていつものように歩行を始める。
歩行はとても難しい。膝を曲げ、上半身が揺れることなく、すーっと風のように動かなくてはならない。
(水上で仙人が歩いているような情景。)この時の体のポイントは”すね”。ここを意識して行う。
次に杖を右手で持って杖の先まで気をだす。気を出すということは集中力につながる。
いくぞ!という気持ちは真剣さと共に出て、正しい型を生む。「真剣さ」は外から見て本当にきれいで、格好いい。
人の”凛”とした格好良さは見ている人の体にも正確さ、真剣さを与える。
この動きを二人で向き合って行う。一人が前にゆっくりと進んでいき、相手は下がりながらそれを受ける。杖は決して交わらない。相手の気を感じないと杖と杖の距離も変わってしまう。相手に動きはよくキャッチしなければいけない。
この杖の稽古をした後、構えをしてみるといつもとはまったく違う安定した”しん”のある体、正確な体の型ができていた。
体が正されると頭、気持ちが正され、何とも言えない爽快感に包まれる。
そして柔らかな動きにはいる。二人で正座をして向き合い、「触れ手」。
相手の手の上をそっと触れる。ふわっと柔らかく動くが、だらっとせずスッキリと行う。そこには何もない。心の中でいくぞ、と思うと自然にできない。頭を通さず体を信じて行う。
今回の稽古で先生がおっしゃった言葉で一番心に残ったこと。
「始めから柔らかさを望んでもそれはすぐにはできない。しっかりと体に力を正しくいれ、強さを学んでからこそ柔らかく、やさしい動きが生まれる。」
一回一回の稽古を大切に受け、精進していきたいと思います。 |
11月11日 大森 |
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身意動放「静」の稽古は身心ともに静かで、穏やかな気持ちが訪れます。
今回の稽古では二人で向き合って一人ずつ行う”解放”の動きに体がとても反応しました。
自分がするときはいつのまにか無心になって自然と腕が開いていき、自分という存在が消えて暖かい気持ちに包まれます。受ける側のときはやはり無心になっていて、自分がする側のとき以上に太陽のような大きな暖かさと平穏を感じます。
この日は朝から気持ちが落ち着いていなかったのですが、稽古をしていくうちにいつのまにか心に引っかかっていたもやもやが消えていました。
もうひとつの動きで相手の人は合掌をして、自分は相手の人の手首を持って中を感じながら外へ引っ張る動きをしました。これは中の力を感じて引かなければいけないので力任せに引っ張ると相手の力、細胞を壊してしまう。微力だがしっかりと筋力は入っている。このときに一緒にさせて頂いた方の”合掌”が素晴らしく、胸に込み上げてくるものを感じました。
自分一人だけでは感じられない感覚や、気持ちなど本当に尊いものを感じることが出来ました。まだまだ学ぶべきことが多くありますが落ち着いて前へ進んで行かれたらと思います。 |
8月25日 大森 |
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身意動放は初めに”歩く”ということをする。”ただ歩く”ということはとても難しい。いつも何気なく歩いているのに”歩く”ことに意識を向けると、自分の体の動きのぎこちなさに気付く。
次に杖を使った動き。武術のように激しい動きではなく、”横車”や”巴”、”風輪”をゆっくりと柔らかく正確に動かす。ゆっくりの動きというのは速い動きよりも体の細かい部分まで意識できる。
そして二人ずつ組んで行う稽古。”同心”は相手の手首を柔らかく握る。硬くなく、柔らかすぎず、赤ちゃんの手を持っているような感じで。又、手だけ使うのではなく、お腹(丹田)から握る気持ちで行う。これが出来たときは握る方、握られる方も何とも言えない安堵感に包まれる。(母体の中にいた時を思わせるような安心感。)
身意動放は12の動作がある。その中の”遠想”は腕を自然体にとり、遥か彼方の前方の空気を引き寄せながら息を吸い、腕を上下に大きく広げ、また前方に息を吐きながら腕を前に返す。これは”遠くを想う”動き。
そして”心静”。右手は手のひらを上に、左手は下に向け前に軽く構える。まず右手を肩ぐらいまでゆっくり上げ、手のひらを返してゆっくりと下ろす。左手も同じように行う。この動きをしている時は頭も心も”無”の状態になり、大変な落ち着きが訪れる。(私事ですが、この動きをしている時「自分は変われる!」と実感しました。)皆さんにもぜひ体感して頂きたい動きです。
身意動放の稽古は自分を見つめ直し、自分も他人もそして自然や空間までも大切に想う気持ちが生まれます。
これからも稽古を重ねて、自分の体と心を見つめていきます。 |
6月29日 大森 |
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| スタッフメモ 練体編 |
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礼については諸説さまざまな捉え方があると思います。
礼儀作法という生活の中での型。
武術をするときに行う礼。
それぞれに形、考え方があります。
日本の伝統文化の中にかかせない礼。
しゃべらなくともその心が形に表れる。
相手に対して敬意をはらう、または人でなくとも、その場所等に礼をする。
これを稽古の中の型として今練っている最中です。
もちろん武術的考察が基盤になりますが、身体的に捉えた形を稽古しています。
稽古の始まり終わりに正しく姿勢を決めて礼をすると気持ちがひきしまり迷いが消えます。
心を練磨するより、礼の形を稽古することのほうが、気持ちはハッキリする感じです。
子供たちにもこれをやってもらってます。
子供は稽古が終わればふざけて遊んでいます。
今四歳の子が稽古に来ています。
(この前ねケーキ食べたからよんさいになったの)
そう言ってました。かわいいです。誕生日でケーキを食べたんですね。
そんな子供たちは純心で美しいです。
最後の礼が終わると元気に明るく遊びます。
その四歳の子も小さい手をきちっと揃えて礼をするんです。
礼という型を行うことで身体が修正され元気が生まれれば何よりです。 |
4月26日 金子ときもり |
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身体はさまざまなものに反応します。
季節の移り変わりや、人との関係。
それが身体にくせとなるときもあります。
稽古ではそれをとっていくことを心がけます。
今日はよく動いたな、今日はだめだったな、そんな日々を繰り返します。
どうしたらその日常で抱えている癖をはずせるのか。
最近稽古で足運びを注意して稽古しています。
摺り足から始まり、右足基準、左足基準、腰割り、そんな稽古をするのです。
足から変えていくと全体がそこに集中していきます。
足から変わる。運びが変わってくると日常で背負ってきた癖を下ろせる気がします。
しかも腰を落としてやりますから、ある程度はきついのです。
このきつさが、薬になります。きつすぎるのはよくありませんが、ある程度のきつさは身体には必要です。
もうひとつ注目しているのは、礼の仕方です。
これははっきりとした型を、明確に作っていこうと思います。
この礼にも、身体をよみがえらせるヒントがありそうです。
次回それについて書きます。 |
4月9日 金子ときもり |
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水曜練体会は最近他クラスから時々稽古に来ています.細かくやっているという点もあるのでしょうか,最近は武術に入る前の段階,身体を開くこと,心を開くことなどが稽古されています.例えば相手の身体の心(芯)をとる事.これは相手に触れたときに自分がいかに力が抜けているかなどです.自分に力が入ってると,相手の身体の中身は分りません.体術などでは,触れがきついと相手の筋肉はすぐに緊張して,思うように技になりません.剣術であれば,離れていて相手の技量が見抜けないと技がかみ合う事が出来ないのです.それらを養うために,相手に寝てもらって,足の重さを体感したり,背中を触って,自分の手の平の抜けが相手に溶けているかなどを稽古するのです。
そんな稽古は激しさはありませんが,身になる稽古となっています.とかく派手にすっきりと稽古をしたくなる武術ですが,この渋みにもまた味が出ているのかなーと思っております。 |
3月23日 金子ときもり |
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凛とした空気の中、剣術、居合の、一つ一つの動きを丁寧に正確に動くことを中心にしながら稽古は進んでいます。
最近は居合も剣術も型の数が増えており、時々どれがどれだかわからなくなり一人混乱していることがあります。
私の場合は、それだけ動きを身体で覚えていない・・・ということでもあります。
先日は刀を抜く前の体位と、手の持って行き方をじっくり稽古しました。
構えの時の閉じかかった肩を少し開き体位が整うと、刀を抜く前の感覚が今までと変わりました。
焦りや緊張は消え、その代わりに穏やかで柔らかな感覚が身体の中を走りました。
それでいて芯はしっかりするので、意識はそれにつられるように真っ直ぐ通り放たれます。
そしてその状態から刀を抜いていくと・・・身体はぶれることなく、迷うことなく一つになって動きました。
いままでの抜きと全く違いました。
体位が整うことで、意識も、しっかりと向き合える方へと変化していきました。
肩が少し閉じているだけで、動きそのものの質が全く違うものになってしまう、ほんのちょっとのことが大きな違いを生み出してしまうということも、あらためて確認させてもらった稽古でした。
刀を抜く動きから納めるまで、最後まで気を抜かず集中を保ったままつなげていくことは日々の生活の中ではなかなか味わうことのない緊張感です。
良い緊張感を体感するには、余分な力を抜くこと。
大きな動きにばかりとらわれることなく一つ一つの動きを、小さな所を、動きの本質的な部分に気づいていけるようこれからも稽古を続けていきたいと思います。 |
12月22日 手塚 |
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摺り足5分は、とても長く感じられました。
初めのうちはまっすぐ前を見ていた目線も、いつのまにか段々と下へと下がっていきます。
それでも自分の目線が下がったことにはその時点では気づかず、身体に緊張が走ったことを感じてはじめて何かおかしい、そこではじめて目線が下がっていることに気づきました。
気を取り直し、またまっすぐ前を見ますが・・・少しするとまた身体に緊張が走り目線は下がっています。
5分間ずっとその繰り返しでした。
目線が前に向いている状態と下がったとき・・・同じ身体なのに動きが全く変わってしまうこと、意識も開かれたり閉ざされたたり、入れ替わり立ち替わりやってくるその状態を感じながら過ぎていきました。
こんなにじっくりと、身体の声を聞きながら落ち着いて自分とじっくり向き合ったことも久しぶりのことのように思います。
この落ち着きをもってその後の稽古に臨むことが出来ればよかったのですが・・・動きが複雑になると焦りが出てしまい、冷静になれない自分がいました。
落ち着いた感覚、持続できるようになりたいです。 |
9月26日 手塚 |
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久しぶりの更新になりました。
練体会の稽古そのものは進んでいます。
ここ数ヶ月は体術、剣術、居合の動きを主に稽古しています。
先週は真剣になるということを、具体的に身体を通し働きとして体感しました。
その動きを何度か繰り返したあと、真剣になったつもりでいただけで実はそうではなかった自分をあらためて知りました、意識が明らかに違いました。
動きが途中でとぎれてしまうのも、集中できていないから。
集中も私が思っていたものとは大きく違い、もっと深い感覚でした。
長く稽古をしていたとしても私のようにいつまでも気づけなければそこ止まりです、恥ずかしい限りです。
また、剣を振り下ろすことの意味についてもはじめて知り、一振り一振りを今までいかにおろそかにしていたかという事に気づき、反省した日でもありました。
特に振り抜きをしているときは、気を付けないと数をこなしてしまいがちです。
これがだめでも次がある・・・そんなつもりはなかったとはいえ、気づかないうちに自分を逃がしてしまっていたように思います。
自分のことというのは本当に見えてないし分かっていないもので・・・ただ真面目に稽古しても、真剣になっていなければその先は見えてこないものだということを痛感した稽古でした。 |
8月15日 手塚 |
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めまぐるしく過ぎていく毎日の中、静かな空間の中に身を置き稽古をしていると、いつの間にか迷いも消えていきます。
先日は、今までになく体の色んなところが引っかかるようにして力が抜けず、思うように動かず・・・周りが見えず自分だけの狭い世界の中にいる感じ、そんな状態のまま稽古を続けました。
目の前の人に触れているのに感じる事が出来ない、感覚が全く分からなくなっているをこれほどまでに不安に感じたのも久しぶりのことでした。
人間関係も感覚を通してつくられていくのに、その感覚が閉ざされた状態で毎日生活していたかと思うと怖くなりました。
しかし次の日、緊張でとどこおっていたはずの身体は指先までしっかりと意識と感覚が通りしなやかに動き、心も体も解き放たれ満たされていました。
稽古の後はいつもそうなるのですが、今まで以上に著しい変化、緊張状態からまるでゴムを跳ね返すように身体が緩み、解放された感覚を味わってみてはじめて、ストレスもいいものだなと思うようになりました。
以前、先生から緊張することを否定しなくていいと言われた事の意味も、こうなってみてはじめて理解することが出来たように思います。
稽古そのものも、動けなくてダメだったと思っても決してそうではなかった・・・。
その時どれだけ集中できたか、真剣に取り組んだか、結果はあとからついてくるもの、急いで求めるものでもなく決めつけるものでもない。
急ぎすぎていた自分を振り返り、あせらず今を大切に毎日を送ることが出来るようになりたいと思いました。 |
5月2日 手塚 |
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今月、剣術では握り方、真っ向の構えの取り方、振り下ろし方などを細かく稽古しました。握るときの感触・・・手指の感覚、手首の感じ、手の甲の感じその他、それぞれに自分の状態を感じながらの稽古は、部屋の中の空気もいつのまにか静まり、きりっとする感覚を覚えました。私は背中を使うことが出来ずどうしても腕の力、手首の力を使って振ってしまうところがあります。また動いているのではなく動こうとする心と体の矛盾、それが動きにでていると自分でも思います。
しかしそんな状態であったとしても、剣を通し、意識を放ちながらの組稽古は今まで以上に充実感を感じた稽古になりました。互いが意識を放ちあうことで、受け側と攻撃側が一つになることができたときの組稽古、向き合った瞬間に一つになり、流れにのって動いていけばいい。あとは、その動きの中でどれだけ力を抜くことが出来るか、目線を一点に定めることなど課題はまだまだたくさんありますが、その時に互いの中から引き出されれて行く力が互いの意識の高め、稽古そのものの質を高めていくという事を感じました。
組稽古の時の一つになった感覚というのは、日常の生活の中ではなかなか味わうことの出来ない一体感です。また、最近やっている剣を使った柔らかな動きは、自分の動きそのものを冷静に確認しながら稽古できる為、今までとはまた違った視点で自分を観ることができ、動きの柔らかさが心の穏やかさとなり、日々の生活もいつになく安定するようになりました。自分自身を冷静に観ることの大切さを、いまとても感じています。 |
2月28日 手塚 |
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今年は鏡開きに参加させて頂きました。きりっと引き締まった空気の中での稽古は、自然と、稽古に向ける意識や思いを整理し、気持ちを切り替えてくれていました。そして、新たな気持ちで臨んだ今月の稽古でした。
杖術、剣術、体術、居合、すべてにおいて肩の力を抜くこと、思いと動きを一つにすることを意識して動く、そうであるからこそ、本当に危険なことを危険と感じられる・・・。肩に力が入ると、周りを感じるということが出来なくなり、自分の中での思いこみで、力で、相手を動かそうとしてしまう。本当に危険な事というのはこの事なのだと、自分自身の動きを通していつも思います。今まで培って来てしまった間違った思いこみや恐怖、頭で切り替えようとしても難しいことも、動きを通して今ある自分を認める。そこから技に入り身体を通し動くことで、抱え込んでいた力は自然と放たれていき、同じように意識も放たれていく。その放たれた状態を地道に積み重ねて行くことで、本来ある自分自身の姿というのが現れて来るのだろうということを思い、感じ・・・、色々なことを振り返る機会を与えられた今月の稽古でした。継続は力なり、その言葉の意味を深く考えさせられました。
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1月31日手塚 |
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先月から、護身術の稽古もするようになりました。
実際にありそうな状況を想定しての動き。
力の入れ方、抜き方、重心の置き方、眼の付け所などに意識をしながら稽古は進んでいきます。
相手の突きをただ横によけてかわす、力むことなく緊張することもなく、柔らかく穏やかにかわす。
腕をつかまれても、身体の緊張と弛緩をうまく使うことで、面白いように技が働く。
先生の動きには尊さがあり・・・、力むことなく、何もなかったように、穏やかであたたかく。
その動きに少しでも近づけるようイメージしながら動いてみるるものの、力が入り互いに思うようになかなか動けず、「あともう一回・・・」と言いながらの稽古です。
力が抜けず力みながらでも、そうやって身体を使うことを意識して動いていくことは、心にも大きな変化を与えてくれように感じます。
鈍っていた感覚を呼び覚まし、こころとからだのバランスをとり本来の状態に戻してくれる感じ、子どもの頃の自由だった感覚を思い出したり・・・。
また、そのあとの稽古に現れてくる変化、剣を振るときの動きに前より力みがなくなったり、体術の時に相手のふところに入ることがスムーズになっていたり、力を抜くところ入れるところ、身体が自然に動き、動きの中に小さいながらもめりはりが現れて来るのは不思議でした。
そしてその事を通し、分かっていたつもりでも、自分の気づかないところで必要以上に力を使っていた事を知りました。
わかっているようで分かっていない自分、動きを通してこれからも気づいて行きたいと思います。 |
12月20日 手塚 |
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| 先日の練体会では、受けを取るときの意識の方向性や、イメージを持つことの大切さなどの稽古をしました。ここ最近人間関係に悩んでいた私は、さっそく、稽古でやった意識の使い方を仕事でやってみました(というより、やってみようと思ったと言う方が近いかも知れません)。しかし、いつになっても出番がなく・・・、せっかく試そうと思っていたのになぁ〜と思いながら日々の出来事を振り返ってみました。確かに今までと同じように色んな事があったことに気づき、その事が気にならなくなっていた自分がいたことを知りました。おかしい・・・。稽古でもそうですが、頭で考えていると身体に緊張がはしり、力を使ってしまい、そうしたいと思ってはいないのに結果的には力勝負をしていて。したくないと思いながらも、その事を選んでいるのは自分でした。こうしたくないとか、ああしたくないとか思っているより、どうしたいのかを考えれば良かったのだなと、こんな当たり前のことも、いっぱいいっぱいになっていた私は思い出すことすら出来なくなっていました。他にもいろいろと考えさせられることがありましたが、実際に技を通して具体的に取り組み、感じようとする思いを持つだけですでに問題は解決されている?のかな?などとおもったり。だんだんまとまらなくなってきました、この辺でおしまいにします。 |
10月28日 手塚 |
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| 小さな発見だったり気づきだったり、何か小さな事を乗り越えていくことの大切さを、最近の稽古を通ししみじみと感じています。意外に気づくことができなかったり、見逃がしてしまうような小さな事ほど本当は一番大切で、そこに気づくことが出来るからこそ次に進むことが出来る。日々の生活の中でもそれは全く同じだと言うことは分かっていても、なかなか上手くいかない・・・。でも、稽古だと、とてもわかりやすい。具体的に、技を学ぶことを通して、身を以て自分自身を知ることができる。そして、大切なのはそこからで、その状態からいかに力を抜いていくか。わからなくていいし、できなくていいから、とにかく、力を抜くことを大切にして稽古をするだけで十分ではないかと、先日、稽古を振り返りながら思いました。 |
9月27日 手塚 |
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今月から、練体会の稽古の内容が少し変わりました。声を出し、皆と呼吸を合わせながらの木剣を使っての素振りが加わりました。同じ動きを繰り返し行うことで、動きそのものを体を通して覚えていく。どうやって動こうなどと考え、迷っているひまはなく、わかるとかわからない、できるとかできないでもなく、ただ一つの動きに集中して体を働かせていく。
心と体が一つになっていき、すっきりとし、感覚が冴えてくる。他の技の稽古に入っても、その感覚は失われることはなく、逆に集中度は高まる。そのことでより静かに、稽古が進んでいく・・・。動きを体感するということの大切さを、あらためて実感しています。 |
8月26日 手塚 |
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このところ稽古だけにかぎらず、仕事でも他のことでも、とにかく、過度に心と体が緊張していて、かなりつらい状態にありました。
それでなくても普段から人一倍緊張しているのに、それ以上に苦しく感じるほど身体が言うことをきかず・・・。
そんな時、木剣で、けさと逆げさをゆっくり振る稽古があり、しかも、最小限の触れ方で握り、バランスをとりながら構えの状態をつくりゆっくり振る。
これをやった時に、「カッキーン!」と緊張していた身体がふわっとし、でも、入るところにはしっかりと力が入っていて、何とも言えない解放感があり。
手の甲をしっかり張ることで、指先から足先まで意識が行きわたり、「自分がここにいる」感じ、自然な感じ、浮き身と同じような感じ・・・普通の人には当たり前のことなのかも知れませんが、過緊張状態の私の中では、かなりの感動でした。
その感じが、居合の時と同じ事に気づき、居合は居合だけにして他のことと分けていた事に気づき、浮き身の事をいつも先生が言っていたことを思いだしたりして、頭の中はそれはもう大変な騒ぎになっていました。
ほんとうに辛かったですが、これでなんとかまた一歩、前に踏み出せそうかも?思っています。
身体って、ほんとに正直で、面白いですね。 |
6月23日 手塚 |
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練体会では、一つの技を細かなところまで、じっくりと掘り下げながら稽古をすることが出来るので、自分たちの中での気づきや発見があります。
体術では、”骨をとる”ことを中心に稽古が進んでいますが、ちょっとした触れ方の違いで技として働かなくなったりすることも、ゆっくりと丁寧に動きながら力の働きを確認し、互いの稽古として進めて行くことで、より身体の働きへの理解も深まります。
また、苦手と感じていた動きも、こうして”技を知る”、”身体の働きを知る”という意識に置きかえて取り組むことで、その深さを体感することが出来たときの喜びは、大きいものです。
身体の働きを知るという過程を楽しみ、稽古をすることを通して、自分自身を知り、向き合うことの大切さをあらためて感じながら稽古に通う日々です。 |
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| スタッフメモ 風竹木曜編 |
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最近の木曜会は従来のハードさに、真夏の暑さが加わって肉体的にも精神的にも厳しい稽古です。
グーパー700回に始まり素振り合計500本。この500本、尋常でない数字です。武道や殺陣をやっていてけっこう振っている人でも、せいぜい300本くらいで、300本も振ると腕の筋肉がパンパンになるのが当たり前です。しかし、私たちの武術での素振りは500本振っても決して腕の筋肉は疲労しません。肩の内部、俗に言うインナーマッスルや肩甲骨周辺の筋肉にじわじわと効いてくるのです。
インナーマッスルのトレーニングは学生の頃、スポーツ界で流行しており、一生懸命ゴムチューブを使ってトレーニングしていましたが、チューブトレーニングとは比にならないくらい効き目ありです。
そして、この500本をしていると当然ですが身体は熱くなってきます。しかし、この熱さもやはり筋肉が熱くなるという感じではなく身体の芯から熱くなる感覚で、汗も驚くほど出ますが、この汗もスポーツでかく汗とは感覚が違い、どちらかと言うと岩盤浴やゲルマニウム温浴などでかく汗に近いかもしれません。身体の内側からじわっと悪いものと一緒に出て行く感じです。
8月の稽古で身体の中から熱くなることと稽古への集中によって体験したことがあります。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」という格言がありますが、8月の猛暑の中、そして風も通らない日の武道場でその感覚はやってきました。直前までうだるような暑さを感じていたというのに、ふと気づくと全く暑さを感じないのです。この時、身体も軽くなり、周りは静けさに包まれた感じでした。不思議な感覚でしたが、妙な心地良さがありました。
恐らく人生で最も集中した瞬間だったのでしょう。
この感覚を忘れないように稽古を続けて生きたいと思います。 |
9月7日 平沼 |
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最近、キッツイ稽古をしています。力のつく稽古です。
昔は体育会系で慣らした私ですから、懐かしくもあるのですが、あの時と今では全く体の使い方が違っていて自分でもビックリです。
とにかくキッツくて、体幹部、腹から体が使えていないと、出来ないだろう稽古です。お陰で、その後の稽古は無駄な力を使わない(使えない)ので、今までになく剣が真直ぐ下りるのです。体が余計な力を必要としないのです。
「力を抜く稽古」の大事さは感じていますが、体現出来るかと言うと、チンプンカンプン!
でも、少しづつ、抜けている時の感覚を自覚できるようになってきました。
とても楽で、清々しく、何よりもこの心の平静さは筆舌に尽くしがたい。
精神論で武術を語られるのも結構ですが、やはり体感した人でなければその感覚は到底分かるものではないのでしょう。
私は全くと言って良いほど武術は分かっていないのだと思いますが、その世界観があるのだという事だけ分かった気がします。
この騒がしい世の中に、この心の平静さが少しでも多くの人達に伝わったなら、もう少し棲みやすい、自然と一緒に共存できる、古来の日本人のような暮しが出来るのではないでしょうか!
稽古に没頭する時間がある為、ONとOFFが使い分けられるようになってきました。
体を巧く動かして行く事によって消えて行く闇がある事にも気付きました。
それらを、私は先生やここの仲間達に教えてもらいました。本当に人との出会いが私にとって本当の宝だと思います。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。合掌 |
4月7日 原田 |
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武術を始めてから、少しづつ色んな事が変わってきたのだと思いますが、前回の稽古で、視界が変わりました。
見えている世界が変わるのは、小さい頃から気になっていた事で、稽古中密かに感動していました!
居合の時は、多分無いのだと思いますが(そう信じたい)、木剣の時など、稽古中『目』がキョロキョロしていると、先生に注意されてました。
目は口ほどにものを言う。
バスケをしていたのは関係無いと思いますが、視界が広くないと安心できないのか、きっと普段からキョロキョロしないと気が済まないのでしょう・・・。
先日は居合から稽古をし、肝が据わったというか、摺り足をする時のように気が腹に落ちて、しっかり前を向きながら稽古出来ました。
そうすると、視界が変わったのです。後で考えた時、きっと今日はキョロキョロしなかったのだろう!そう感じました。
目に力が入っていたり、キョロキョロしていると、肩やいろんな所に力が入って固くなってしまい、軽く動けません。
ここに書くと簡単ですが、私にとっては大発見!
いつも、ニュートラルな状態で稽古に臨みたいものです。 |
2月23日 原田 |
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最近、体が変わってきました。木曜会の稽古後、「あれっ」ていうくらいの小さな変化があり、それ以降普段の生活で使う筋肉が完璧に変わっていて、実はその変化から1週間強、筋肉痛がありました。
なんとも嬉しい筋肉痛です。
きっかけは木曜会の稽古で、「斬り上げ」の稽古をしている時の脇の使い方でした。
先生に大き過ぎるようなヒントを頂き、今まで全く気付かなかった所に目が向き、大感動!あまりに感激し過ぎて、少し放心!衝撃の瞬間でした。
それから一週間弱、稽古や趣味を通じて『胎の位置がキマッタ』というような感覚が生まれました。
それからは足の運びが変わり、全ての生活の体の動きが変化。
ストレスに感じていた仕事にまで変化が及び、気持ちに余裕が生まれてきています。
動き、気持ちに『溜め』が無くなってきた・・・という感じでしょうか。
今はまだその感覚を感じている段階で、これからどう変わっていくのか、自分でも楽しみです。 |
11月9日 原田 |
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最近、稽古中考えているのは、技の前の立ち居です。
居合の時の抜刀の時には出来ている(浮身は)と感じているのですが、剣術、体術の時には、忘れてしまう・・・。というか、出来ていない・・・。
居合の時は一人なので、相手を想像して自分のタイミングで出来るけど、剣、体術の時は相手がいるので、焦ってしまっているのだろう・・・。相手を前に焦るとは、まだまだです・・・。
自分の技に入っていけないのは、立ち居が出来ていない、浮身ができていないせいなのだろう・・・。
一度にいろんな事を考えて出来る程器用ではないので、浮身を気にしていると、技に入って行けなくて、動けていない自分にがっかりです・・・。
先生の技の、見えている部分に惑わされてしまう・・・。動きの真髄が見えるように、少しでも自分を磨いていきたい。
もっと、真剣に頑張りたいです。
次の稽古では、絶対浮身ができるようにしたいし、技に気持ちがいくようにしたい! |
スタッフ 原田 |
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| スタッフメモ 風観・風竹土曜会編 |
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組太刀の稽古で子供の動きを客観的に見ました.細かな動きはまだまだですが全体の流れとしてはとても上達してきています。
子供と組む時も私の意識はほとんど大人の時と変わりません.身長差ぐらいです。
子供の場合は身体が反応として素直に動きます.稽古していて気持が良いです。
組太刀の技,今、計,8本の型があります。
それを一本目から全て通して稽古してみました.初めての試みです子供達はそれを難無くこなします。これは大人でも戸惑うのですが,それをサラリと動くのです.まだ小学校2年生です.四月から3年生ですが,めきめき上達していく姿はとても逞しく感じました。
何より気持が生き生きして良いのです。
稽古に取り組む姿そのもののように,素直に成長してくれたらなと思っております。 |
金子ときもり |
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土曜日の稽古第2部の風竹の会では抜刀から入ります.左腰で抜くことを心がけます.抜く時に右手が強すぎると,肩が上がって剣が思うように走りません。この写真も肩の力が抜けています.切っ先が正中線で止まっています.抜刀,納刀を丁寧に稽古することが大切ですが,抜いたあと納刀に気が行かなくなる事もあります.抜刀ばかりに気がいき,速く抜こうとあせってしまいます。稽古自体は抜刀の稽古は緊張感があり,とても集中力にあふれています.居合刀をもっていない方も,木刀で頑張ってついてきています.むしろこの木刀で居合の稽古をするほうが難しいです。そして稽古になります。
この緊張感が身体のリラックスに繋がっているのです.抜き付けの時に鳩尾を緩めて抜く事,そこに注意して稽古していくと,いつしか抜けた時にはシャっと速く抜けてるものです.最初から速さを出そうと欲が出ると,肩が上がってダメですが,お腹の緊張をとってやってみるといい稽古になるのです.リラックスと集中そして緊張感この3つが風竹の会で今稽古されているのかもしれません.新たな技,抜刀,未然の型も出来,より稽古に磨きをかけていこうと思っています。 |
金子ときもり |
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風観の会「大島夏合宿」
今回の合宿は実り多いものになった。宿と道場が分かれており稽古をとても集中して行うことが出来た。
各自それぞれの目標を確認し始まった。稽古内容は練体から始まり、剣術、体術と進む。練体はきついところもあるが皆必死になってがんばっていた。特に剣術はたくさん稽古をした。新しい技「雪流」。先生がお手本を見せ、三通りずつの動きで覚えていく。武之慎くんと涼君は初めてだったが何とか見取り稽古で覚えて行った。雪流を三人で合わせたときは本当に格好良かった!
そして組太刀の稽古。三本崩し、五本剣、八本剣、天地斬り。(三五八天)この四つの動きをつなげて行う。皆真剣に動いていた。特にすごかったのは先生と夢大君の組太刀。すごい緊張感の中、次から次へときりっきりっ、さらーっと動く。綺麗で力強い。武之慎君と涼君もとても集中して組太刀を行った。この緊張感は本当に気持ちの良いものだった。
合宿の中で子供達は先生から特に「返事をしっかりすること」を言われた。2日目3日目ともなると一人一人意識して返事をしていた。稽古のほかには海水浴、花火、野菜取り、うどん作りなど行った。
この合宿で3人の輪が出来てきましたし、それぞれ技が進んだと思います。これからもがんばってください。
皆さんお疲れ様でした。 |
8月8日 大森 |
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先月から新しく涼君と涼君のお母さんが加わり風観の会も仲間が増えた。
始めに摺り足。この稽古はとても難しいのだが上下動せずに子供たちは歩けるようになって来た。そして剣の動き。皆で「五本剣」の稽古。まだ始めたばかりの涼君に武之慎君が教えた。一つ一つの身体の動き、剣の向き、剣の運び方などポイントをしっかり抑えて教えていた。人に教えるということは自分が本当にできていないと教えられない。お互いの稽古になる。
そして全員で合わせて「五本剣」。このときの子供たちの動きはかっこいい。緊迫した空気の中で一人一人が集中し動きを合わせる。自分ひとりだけでなく全員の気を感じて動く。合わせるという稽古は大変な集中力の鍛錬になる。そしてボールキャッチの動き。相手の手のひらにボールが乗っている。自分の手のひらを下に向け相手の手のひらの下に構える。そしてそこからボールをとる。これは手首の柔らかさと指を動かす速さそして膝の抜き。この稽古は本当に難しく余計な力、動きをすべて除いて動く。これができたときは本当に速く軽く身体が動いている。意識している間などなく一瞬の内に動く。大人も子供も本当に一生懸命動いていた。また次回の稽古が楽しみです。
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3月4日 大森 |
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夢大君と武之慎君は変わった!子供の成長というのはなんと速いことか。武之慎君の剣の動きは素晴らしい。剣の振りに真っ直ぐな切れがでてきた。なんともかっこよくきれいになった。夢大君は先生との組み稽古がすごい。あんなに速くよく動けるなあと感心する。大人顔負けだ。心と体が一体になっている。思ったときにもう動いている。あの動きは真っ直ぐな心が見える。
大人会では雪のため人数が少なかったがとても集中して稽古ができた。剣の動きは特に組み稽古がおもしろい。動きの順番をまだ考えて動いてしまうが自然に動けたときの体はとても気持ちいい。武術は頭だけではできない。考える間もなく動いているときの瞬間はみんな真剣で輝いている。一人一人が抱えている思いがその瞬間その時取り払われる。武術には不思議な力がある。また皆と稽古するのが楽しみです。 |
1月21日 大森 |
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子供たちの剣術の動きはとても真剣です。目がちがう。ピリッとした緊張感と、真っ直ぐな心が見える。
今日の稽古で、武君と夢君二人での五本剣の組太刀。動きをあっという間に覚えてしまい、「次の動きを教えて!」とやる気満々!二人とも鋭いポイントを聞いて来たりするので、子供達に教えることは自分が何倍も出来ていなければ教えられないことを痛感した。
さなちゃんも剣術が上達してきた。つい最近剣術を始めたばかりなのに飲み込みが速い。剣を持つ姿も格好良くなってきた。
子供たちと組んで剣術、体術を行う時、本当に”真剣さ”を学ばせられる。こちらが本気でいくと子供たちもそれに反応し、切れのある動きになる。大人の心構え=子供の心構えになる。
子供たちも大人から学び、大人も子供たちから学ぶ。お互いに身体を鍛え、心を鍛えて共に成長していく。
また次回の稽古が楽しみです。 |
11月12日 大森 |
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風観の会の大島合宿へ行って来ました。みんなとても一生懸命稽古をして、いっぱい遊びました。
今回は新しく入ったさなちゃんが参加して楽しさも倍増です。稽古のときはとても暑く、汗をいっぱいかきました。でも不思議とみんなで一斉にする素振りなどは本当にみんながんばっていました。朝稽古で海に行って砂浜で走ったり、杖の動きをしたり、みんな眠い目をこすりながら稽古しました。朝の海の風はさわやかでとても気持ち良かったです。足だけ海に浸かったら、またこれが気持ちいい!!子供たちと一緒になって水遊びをしました。
2日目に大人だけで呼吸法の稽古を少ししました。子供たちがいるときとはまた違った緊張感の中で行うことが出来ました。(この間子供たちは外で仲良くボール投げをしていました。)この稽古のとき最後にリラクゼーションをしたのですが、夕方だったため涼しい風が道場に入ってきてとても気持ち良かったです。夏の涼しい風は本当に癒されます。
子供たちはお手伝いもとっても良くしました。お皿やコップを運んだり、お箸を人数分数えて並べたり、「なにかおてつだいありませんかー?」といつも聞いてきて、助かりました。合宿はみんなとっても仲良くなり、お互いに協力しあうので大切な機会だなと思いました。
又次回の合宿が楽しみです。 |
8月7日 スタッフ 大森 |
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子供たちと稽古をする1時間半はあっという間です。摺り足の稽古から始まり剣術へ。子供たち、大人、先生と一斉に素振りをします。真っ向からの素振り30本、袈裟切り30本。数を数えるたびに気合い(掛け声)をいれます。「一!えい!二!えい!」。子供たちの声は大きくハリがあり、体がしゃん!とします。(あの気合いは大人の皆さんに体験してもらいたいです。)素振りをする時の剣のぶれもなくなってきました。子供たちの剣術の”三本落とし”の動きは格好いいです。腕、足の使い方、体の動きが大変上達しています。
ボールを取る動きがあります。胸の高さから相手にボールを落としてもらい、それをキャッチします。このとき膝をスッと抜きます。この膝を抜くという動きは初めの頃は難しそうでしたが、今ではとても速く抜くことが出来ています。みんな上達が速いです。
風観の子供たちは素直で真っ直ぐな子達です。稽古が始まる前はフワーッとしていた顔が技に入るとキリっとした大人の顔に変わります。あのメリハリはすごいです。7月から子供(風観)と大人(風竹)が一緒に稽古をするのがとても楽しみです。 |
6月29日 大森 |
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子供たちと共に稽古を重ねています。
興味を持って、自分の意志で入る子、親御さんの希望で入る子など様々です。
ある子供さんは初めの一年はやる気が起こらなく、続けることが困難なのでは、と思いましたが、ある映画を見た事を機に、武術に対して大変な興味を持ち、特に剣術が大変上達してきました。
ある一年生の子供さんはふつうは皆とても嫌がる稽古の「四股立ち」が大好きです。一人のその「好き」という思いが皆に力を与えています。皆に「がんばろう!」という気を送っています。
子供たちの体の動き、身のこなしは素晴らしいです。
体術の「三本よけ」は大人より何倍も速く、軽く動くことが出来ています。頭で考える前にまず体を動かしてしまうので、とても素直なのだと思います。
子供たちの自分が動けた!出来た!という時の笑顔は本当に眩しいくらいです。
これからもまだまだたくさんの技を皆で稽古していきます。 |
平成17年5月 大森 |
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